サンダルウッドの丘の家より ♯2 / 山崎美弥子

第一章 前編
ここにたどり着くまで/オペークとスパークル 


 東京に生まれたわたしは大人になり、大都会(まち)で、数千回も昼と夜とを繰り返していました。昼と夜の吹き溜まりの中の、とある月が欠けはじめたころのこと。わたしの両目に飛び込んでは頭の中をイメージで埋め尽くす、その「色たち」が、なぜだか不思議と変わりはじめました。それまではここちよかったはずのある種の色たちに、興味が無くなってしまったわたしは、まるで正体のわからない何かを探そうとする、不可視の迷路のような空間に落ちいってしまったのです。真綿の中でもがいているよう。寝ても覚めても。それはまるで、終わりも無く続くかのように感じられ、焦燥感さえ生まれました 。でも、その中に、たしかなる小さな光があるのです。  

 …忽然と、真夜中のブランケットの中、眠りの世界から目覚めたわたしは、遂に到達したのです。まぶたのうらに映る、まあたらしい色と色。ペール、ドューン、ライト、オペークとスパークル…、

「…島…!」 


 それから間も無い二月(ふたつき)あとのことでした。はじめてハワイに、わたしがこの自分の身体を届けることになったのは。島と島とをゆきました。そしてモロカイ島へ。そう、初めて降り立ったこの島の地で、最初に出会ったひと。それは、不思議なマナ(エネルギー)をからだの奥底に沈ませた、カナカ・マオリ(ハワイアン)の女性でした。その魂のルーツを、しっかりと大地に根づかせたひと。…緑の黒髪、澄んだ瞳、それは深くまるで蒼く、トランスペアレントなスモーキー・サファイアの海。 

「あの場所へ行きなさい。」 

 この島のことを何も知らなかったわたしが、尊きナ・アウマクア(神々/先祖たち)の聖なる地に導かれたのです。伝統的な祈りかたなど、知るはずも無かった。けれど、無心でただ祈ることはできた。こころをこめることはできた。常夏の島にもささやかに訪れる、遅い金天の青天井のその下で。

 


 玉の緒のように、そう、ほんとに夢みたいに短いハワイの島々へのトリップから、大都会(まち)の、終わり無い灰色の日常に戻ってしばらくしてのこと、わたしはその大都会(まち)で大流行のヤマイにかかりました。それは、ハートの奥の奥が、寂しく痛く、いたくていたくていたくて、どんな大病院の名医にさえ治すことができない、深刻なヤマイでした。この大都会(まち)の、たくさんの人たちがこのヤマイに苦しんでいる。そう、今も…。術を知らず、島へとただ、電話をかけるわたし。 


「すぐにここに来なさい。」 

 受話器の向こうから島のひとは、そう、わたしの耳の中にその声をやさしく、でも、しっかりと投げいれました。その声は、わたしの魂とからだとを迷いもなく動かしたのです。 

 わたしはこの人たちのハレ(家)へと導かれました。島の言葉、オレロ・ハワイ(ハワイ語)を暗号のように話す、褐色の美しき人たちの家。モロカイ島。この島に、いにしえの時から今も伝わる、深い祈り。「プレ・オ・オ」。わたしは、あたりまえのはずなのに、自分の中からいつのまにか失われてしまっていたものを、この家で見つけました。一番大切なことを、思い出しはじめたのです。…それは、この島のどこにだってある、裸足のこどもらがかけまわる、聖者たちの家でした。そうしてわたしは、ひらかれて、ほどかれてゆきました。ポハク(石)のように冷たく固い、ヤマイという「記憶」は、いつしかどこかに消え去ってゆきました。一言、一言、この人たちから生まれ出る、他愛ない言葉の持つ温度。それはあたたかく。わたしによく似た誰もが信じてしまった、氷のように冷えきった、この世界のまぼろしの姿のすべてを今、溶かしきってしまうほどに。 



★この連載は、毎月新月と満月の日に更新します。



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