南インド・サットワ便り ♯1 / Sachi

はじめまして、こんにちは。

Sattva Healthcare(サットワ ヘルスケア)のSachiです。南インド・ケララ州に移住し、日本から伝統医療を求めて治療にいらっしゃる方々のナースとして活動しています。

“Sattva” サットヴァ/ サットワ という言葉には、サンスクリット語で “本来の状態にある” という意味が含まれています。

本来の状態にあるために、あるがままのわたしを知ること、様々な思いや悩み、欲望や悪い習慣にとらわれていないまっさらな自分を体感すること。

ここを訪れた人が、自分の本質に気づき、本来の自分と調和することができるように。

Sattva Healthcareの目指すところです。



日本では、美容やリラクゼーションのイメージが先行しているアーユルヴェーダですが、インドやスリランカでは、政府に保護された標準的な治療として人々の暮らしの中に活きています。

アーユルヴェーダの治療の様子を、私は実習生として追いつつ、自身も患者としてその効果を実感しました。その時に起きたミラクルを、共有せずにはいられません。


手術が必要と告げられていた男性が、手術せずとも治っていく様子を目の当たりにした衝撃。脳梗塞による麻痺のため歩くことができなかった女性が、歩いている姿を見たときの感動。妊活中のご夫婦が、子どもを授かったときの喜び。

「強い薬の副作用で体も心もダメージを受けることのない治療。必要としている人に知ってもらえたらいいなぁ」という想いから、サットワ を立ち上げました。

また、インドまで行けないという方にも、伝統医療や自然療法の力を感じていただきたいとの思いから、ブログを通して情報を共有できればと思い活動をしています。

あわただしい日常の生活の中においても、自然の恵みを受けること、自分のからだと対話すること、よりよく生きることへ、思いが寄せられる時間がもてるよう願っています。



アーユルヴェーダとの出合い


日本では看護師として約10年間、病院やクリニック、保健施設に勤務していました。

最近になってようやく、医療の道へ進んだことも、自然療法を学ぶことも、インドへの移住もすべて導かれてきたことだと受け入れられるようになりましたが、実は、看護師という仕事は元々なりたくて就いた職ではないんです。お給料が良いからというのが正直な理由でした。

 

ただし、私は両親が若いころに癌で他界しているので、そのライフイベントも少なからず、私の看護師人生に影響しています。

その経験を活かしたいと思い、最初に選んだのは終末期病棟。

人生の最期の瞬間を迎える人々と、時間を共に過ごしました。その時に感じたことは、死と向き合うことは生きるを輝かせるということ。

次に従事したのは、産婦人科病棟です。人生の始まりの瞬間を迎える赤ちゃんと、出産の奇跡に立ち会ってきました。


生命の誕生と死の瞬間。


それまで、生と死は対極にあるものだと思い込んでいました。ですが、そうではないということに気づかされました。どうやら生と死は同じ線上にあって、らせんを描くように巡り、途切れることなく流れているものだということ……。


3年前、初めてインドを訪れるまで、アーユルヴェーダのことを何も知りませんでした。

インド滞在も、アーユルヴェーダを学ぶことも、当時は予想外の展開。

学びと並行して、約1か月間の浄化療法(パンチャカルマ)を受けることになりました。その経験が、私の体と心に大きな変化を生み出すきっかけとなったのです。

それまでの私は、関節リウマチの治療のために、免疫抑制剤や生物学的製剤(遺伝子組み換え)、ステロイドホルモン剤という薬を使っていたのですが、長年使い続けていたために、その副作用に大きく影響を受けていました。

年中、体は重だるく (その時はそれが当たり前だと思っていた)、貧血ですぐに疲れて周りの人に付いていけず (思うように行動できないのはもどかしかった)、腎臓の病気になって入院 (顔も体もむくみでパンパン別人に)と、不調を挙げはじめるときりがないのですが、一番のダメージは薬を使っている間は妊娠できないということ。

当時23歳の私は、その言葉によって希望を失いかけていました。


「リウマチは治らない病気。リウマチは一生つきあっていかなければならない慢性的な病気」このように思い込んでいた私の潜在意識までクリアにしてくれたのがインドでの浄化療法だったのです。

浄化療法中には、主治医であった先生の一言にハッとさせられました。

「あなたに今リウマチの症状はないよ」

なんと、自分にリウマチ患者のレッテルを貼っていたのは、自分だったのか……。
そこから気づきが次々と与えられます。


ネガティブな感情を自分に向けていたこと。自分を許せず、知らぬ間に自分自身を責め続けていたこと(リウマチという病気は、本来自分を守るために戦っている免疫細胞が、誤って、自分自身を攻撃しはじめる疾患)。


それは、病気の体と自分の偏った考え方から解放されたできごとでした。

薬を使うことから卒業できた喜びと、未来への希望に満ち溢れ、自然の力の偉大さに感謝しました。

そこからアーユルヴェーダやヨガにはまり、インド・スリランカへと何度も足を運ぶようになったのです。


生きる力を育む


「あなたのお父さんとお母さんが、ここに連れてきてくれたんだねぇ」

「この地で出会えたということは、アーユルヴェーダの神様のお恵みによるものだよ」

「諸行無常。今この瞬間だけが確かなもの。今確かにあるこの時も次の瞬間には過去のもの。未来はまだ存在していない。私たちの細胞一つひとつも、一瞬ごとに変化し続けている」


インドの人々からもらった言葉たち。

スピリチュアリティが生活に溶け込んでいる国。

Body・Mind・Spiritの調和を感じられる場所。


インドとスリランカでアーユルヴェーダを学んだ日々は、不思議な体験の連続でした。

その中でのひとつの体験は、もうすでに他界してから何年も経過している両親との繋がりの修復です。

私と父と母が和解できたという感覚。

いつも側にいてくれているとわかった感覚。


死んだらそこで関係は終わりだと思っていたけれど、そうではなかったのです。

両親は、いつも私の周りで私を見守り続け、いつも助けてくれている。

言葉では説明できない感覚だったけれど、そのことを実感したのです。


「生きている時だって、いつも見守ってくれていたのに、私が気づいていなかっただけだったのか」

そう気づいたときから、私自身の生きる力が強くなったように思います。


“死は、恐れるものでも、忌み嫌うものでもなく、また、生と死は切り離されたものでもなく、生の延長線上にあり、それゆえに、死の意味は、生を際立たせてくれるものだ” ((鈴木秀子著 『生の幸い、命の煌き』より)

この言葉がいつも私の中にあります。


“予防は治療に勝り、養生は予防に勝る”

アーユルヴェーダは予防医学としても注目されていますが、哲学的には生き方そのもの、よりよく生きるための知恵が秘められた奥深いものです。

哲学に関しては、私自身、ちょうど扉を開いたところで、この先にどのような展開が待ち受けているのかわかりません。

それでも、アーユルヴェーダを実践する日々の中、ひとつ確信していることは、


「今この瞬間すべてが満たされていて穏やかな幸せを感じているということ。とてもわくわくしているということ」。


この連載では、私が暮らしている南インド・ケララのアーユルヴェーダ診療所でのナースとしての活動や、一緒に活動をする医師やファミリーのこと、日々のできごとやそこでの気づきを、5000年続く伝承医療の民間の知恵と共にお伝えしていきたいと思います。



アーユルヴェーダはWHO世界保健機構でも研究が進められている医療です。

このページでは、アーユルヴェーダの専門的な療法についてや、ハーブなどの知識をシェアしていきますが、その効果に関しては個人差があります。それは私たちの心と体が1つとして同じものがないということです。

★実践に関しては、専門家の直接指導を必要とするものもあります。現在、専門医のもとで治療・療養中、あるいは体調に考慮が必要な方はご留意ください。


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