サンダルウッドの丘の家より ♯4 / 山崎美弥子

第二章 前編 船を降りて上陸し/ナエハとヒナノエ


わたしたちは船上生活を続けていました。青に染められた日々の、とある、特別でもない会話の中でした。

「ハワイからタヒチまで。そして、もっと遠くをめざして航海に出ないか。島々をめぐろう。気にいった島を見つけたら、そこに住んだっていい。幾つかの月の満ち欠けが過ぎるまで、陸地の見えない海だけの生活だ。時にはストームにも見舞われることだろう。そんな時は船が波に木の葉のように遊ばれても、嵐が過ぎ去るまでは、たとえ三日三晩もかかっても、ダウンビロー(船底)で待つしか無い。乗り越えなくてならないことはたくさんあるだろう。それでも行きたいんだ。…一緒に来るかい?」

それはレビーがわたしにくれた、未来への招待状でした。これ以上に美しい招待状など、この世界のどこを探しても見つけることができないと思ったわたしは、すぐにこたえました。

「イエス…!」

そうです。イエスとこたえる以外のどんなアイディアも、わたしの中のどこからも、まるで出てきはしませんでした。そしてこの招待状こそが、世界一ドラマチックな彼からわたしへのプロポーズとなったのです。

それからわたしたちが、ケ・アクア(神)とナ・アウマクア(先祖たち)に誓ったのは、ほんのしばらくしてからのことでした。聖なるククイの森がある、モロカイ島の東の、星の丘にて。

こうして、カウナカカイの港から船出をし、ハワイの海峡からさらに南太平洋を南下するという、数ヶ月におよぶ航海計画をふたりが立てていた、そのころ。 数えきれない視線たちが、太陽の前を通り過ぎる金星のシルエットを目撃した夜、この島で、わたしはワヒネ(女の人)たちだけの、奥許しの集まりにいざなわれました。プコオ。かつて、秘密を守る者としてその名を知らしめ、メレやオリの中で、今も語り継がれている、賢者ラニカウラが誕生した地。そんなマジカルな地で、予期せぬニュースが舞い込んだのです。わたしの人生を綴る一直線上に。流星が一ミリも狂うこと無く落っこちて来たかのように。そう、完璧なタイミングで。


「…キラキラのラメみたいに青く光ったベイビーがいる…あなたの中に…!」

そのベイビーこそ、わたしたちのもとに最初にやってきた女の子、きらかいでした。わたしとレビーの航海のデスティネーションは変更されました。思いもかけずに神様から贈られた宝物をしっかりと、大地に足を踏みしめて受けとめるために。そうです。急遽、計画を転じて、船を降り、上陸することにしたのです、この島へ。この聖なる島の地の上で、土の赤にトウを染めながら、あたたかきひとびとにかこまれて、森と山とのビリジアンの背景に見守られながら、女神ヒナが吹かせる風、椰子の葉をたおやかに揺さぶるその風に、頬をなでられながら、窓の向こうに海と空の青が横たわる家に抱かれながら…、育むために。わたしたちを選んでやって来る、この小さな「いのち」を。

きらかいがこの星に誕生したのは、 世紀があたらしくなってから五番目の年、その三番目の月の十八番目の朝のことでした。そうです。それは、白銀の日本の小さな北の町で生まれたわたしの実母と、それから、夜のモオモミの海辺で子を産み落とし、波でその子を洗った奇跡のような人であり、わたしがこの島で母と慕う人のバースデーと同じ、十八日でした。

レビーは言いました。

「僕たちは家族になったんだ。」

きらかいは、生まれてくる前、遠い星からわたしに手紙をくれました。

「わたしはうまれてきてもこのちにはぞくさないの。」

手紙にはそう書かれていました。…ち、地、血、知、智…。身体(からだ)を持ってもフィジカルな存在を超越して生きること、それが彼女のこの生での目的であると…。「ち」ではなく「てん」にぞくすると。そのことを、もしも自分が忘れてしまった時には、

「どうかおもいださせて。」

そんなふうに、手紙には書かれていたのです。

きらかいには、ナエハというミドル・ネームを授けました。これは「痛み」という意味を持つ島の言葉。痛み…。そして、この痛みとは、 わたしたちの胸の奥を、まるで聖なるものにキュンと掴まれたように感じるその痛みのこと。 こころが、美しいものや愛おしいものにふれた瞬間の。それは、きっと誰でも知っている、密かで切ないあの痛み。

きらかいをからだに宿していたわたしに、ドウュラ(出産をする女性を医師や助産師以外の立場から精神的に、全面的にサポートする女性)になりたいと、みずから名乗り出てくれたカナカ・マオリ(ハワイアン)の女性、エフラニ。洗いさらされ、生地がやわらかくなったフリルつきヴィンテージ・ムームーを、頭からすとんと、ひとつかぶって庭仕事をしてる。飾らない。地面にすぐにも届くほどの裾丈、アイボリー色のフリルのエッジは土の朱に滲んでる。滝落つるカマロの谷に住まう、褐色の肌の、まるで美しいワヒネ・カナカ・マオリ(ハワイアン女性)の見本のようなひと。

レビーと出会うよりも前のこと。偶然に、あるいは忘れ去った完璧な計画通りに、そのころのわたしは、エフラニが暮らしていた島の家に住んでいて、彼女への電話を取り次いだことがありました。島に電話をかけて来たのは、海の向こうの遠い町で暮らす、エフラニの末娘でした。

「ママに伝えて欲しいの。」

「オーケー。あなたの名前は?」

「ナエハ。」

初めて聞いたその名前の響き。わたしはとたんにその「音」に魅了されました。言霊に。外から帰ってきたエフラニに、電話があったことを伝えたわたしは、伝え終わるとすぐに尋ねたのです。すこしだけドキドキしながら。

「彼女の名前はなんて素敵なの?一体どんな意味があるの?」

エフラニは、そんなわたしに語ってくれたのです。ヘーゼル色の瞳を見開き、まるで秘密を明かすように。生粋のハワイアンだったエフラニのママが、聞き慣れない呼び名でベイビーに語りかけるのを耳にしたのだと…。

「…ナエハ、ナエハ…。」

それは末娘が生まれたばかりのころのことでした。そしてエフラニは魅せられました。 初めて聞く名のその音色に。そうです。わたしもそうであったように。そうして「ナエハ」とは、胸が痛くなるほどにいとおしいものを呼ぶ名であるということを、その時、彼女のママから初めて伝えられたというのです。それ以来、エフラニは末娘にこの名を、正式にミドル・ネームとして与えることにしました。そして末娘が美しい大人の女性に成長した今でも、彼女を愛するひとたちが、彼女をファースト・ネームではなく、このミドル・ネームで呼んでいるのです。そう、胸が痛くなるような、いとしさをこめて。

エフラニは、使い込まれてエッジが剥がれた煤色のホーローのコーヒー・メーカーに熱い湯を注ぎながら、そんな、遠い記憶の波紋を、わたしの胸に響かせてくれた。 まるでマイ・ア(バナナ)の幹を剥がして裂いた紐を使って、ククイの葉を繋ぐ時のように、大切そうに。今は亡きエフラニのママの姿は、まるでハワイアン・ヒストリーの教科書に登場するような、色あせたモノクローム写真の中だけに。花々を紡いだレイで着飾り、木の椅子に腰をかけ、その瞳の光は時の遠くへと放たれている、たおやかなる矢のように。

さまざまな雨や風に名があり、さまざまな痛みにさえも、名を与えた遠い昔の島人たち。…その言葉たちとは、なんと深く煌めいているのでしょう。

わたしは思いました。

「いつか、こどもを授かることができるなら、この名前を。」

 …そして、そのひらめきが現実となった時、ドウュラとしてわたしのそばにいてくれたのは、エフラニ、その人でした。

四人の子のママであり、今や三人の子たちのトゥトゥ(おばあちゃん)でもある彼女は、まるで女神を讃えるかのように祝福しました。 母となったわたしのことを。…わたしは聞きました。

「あなたの末娘の呼び名をわたしたちのきらかいにも授けてもいい…?」

「もちろんよ!」

エフラニの落ちる笑みはそう応え、こころから喜んでくれました。この惑星に、こんなに美しいミドル・ネームを持つ女の子が、もうひとり増えたことを。

白と黒の濃淡がかすれた、あの古ぼけたエフラニのママの写真。

島の風景の中から摘みとられた花々は、ひとつのレイとして紡がれ、あらたな命を吹き込まれる。

いとちいさき花たちでさえ、もしも夢見る時があったなら、

一体どんな祈りで、ひとりの女(ひと)を包み飾るのでしょう。

一枚のモノクローム写真の中のレイ。

ほんとうは、一体どんな色をした花々が、ひとつに紡がれていたのでしょう。

一体どんな色彩の大地の上で。一体全体どんな色の海と空を、とおく背にして。

 


★この連載は、毎月新月と満月の日に更新します。



Hōʻailona

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