サンダルウッドの丘の家より ♯6 / 山崎美弥子

第三章・一  この星を愛する/カラニとホヌア

 

きらかいが生まれてちょうど三年後。三番目の月の三日目の朝に、二番目の女の子、たまらかいは誕生しました。 不思議なことに、ふたりのデュー・デイト(出産予定日)は三十六ヶ月違いのまったく同じ日でした。わたしの祖国の「ヒナ」祭りの日に、月の女神「ヒナ」の子であると伝えられるこのモロカイ島で、この子は誕生したのです。 霧雨が降る、プアリという道の終わりにある小高い台の上で。わたしは、たまらかいに、ヒナノエというミドルネールを授けました。モロカイ・ヌイ・ア・ヒナ(ヒナの子、偉大なるモロカイ)に、やさしいベールをかけるノエ(霧雨)。雨は天からの祝福…。

たまらかいは生まれて来るまえに、夢の中のわたしを訪ねて来ました。そのときのたまらかいは、フィジカルなすがたを持たず、光そのものの存在でした。そして自分が生まれて来る日がいつなのかを告げ、この星へやって来る理由を語りました。

「踊る(フラ)ために。」

そして、すぐに大いなる光のもとへとふたたび消えてゆきました。

 たまらかいが夢でわたしに語ったその数日後のこと。わたしはひどい目眩(めまい)で、ただ部屋で座っていることさえできなくなりました。白く塗られたリビングルームの天井が、メリーゴーラウンドのようにぐるぐると回転し、わたしはバランスを完全に失いました。どこかにつかまっていなければ、地底の王国へとふり落とされてしまうようでした。両目をぎゅうとつむり、その状況が過ぎ去ることを、必死に乞うように待つしかありませんでした。…どれほどの時が過ぎたのでしょう。やっとの思いで、どうにか自分をとりもどすことができたわたしは、根拠など無い、でもはっきりとした確信を持ってしっかりと立ちあがり、オニ・アリイ(王族の砂)と名づけられた浜までの海沿いのハイウェイを、ひとりクルマで走りだしたのです。

東へ三マイル。わたしを襲ったあの恐ろしい目眩(めまい)はもう、完全に消え去っていました。目的地に到着し降車すると、その穏やかな波打ち際に続くサップグリーンの草むらの上を、わたしはただ、 歩き始めました。 静かな風を感じながら大いなる円を描いて。音もたてずに、まるでおごそかなる儀式のように。一歩一歩。自分の足元だけを見つめながらこの島の地をふみしめて。 つまさきの輪郭をなぞる芝生のライトグリーンは、わたしの歩く速度に合わせて流星の尾のように、あるいはネオンの残像のように、幻の線を描いている。 灯した花火を手にした人が、夜の黒の中で走る時に、後方へ飛び散る火花のように。一歩一歩。それは、海辺の風景の中の一番遠い波の向こうがわに、今日という日が姿を隠す、その手前の時分。すべてを包み込むような、やわらかいレモンイエロー色の丸い光が、傾きながらもそこにまだ、一緒にいた午後。

「…オカアサンアリガトウ…。」

という音(言葉)が、予期せずわたしの口からこぼれるように飛び出しました。それはまるで緊張をやぶる、ため息のように。

「…オカアサンアリガトウ…オカアサンノオカアサンアリガトウ…オカアサンノオカアサンノオカアサンアリガトウ…。」

どのくらいその不思議な讃歌をわたしは唱え、歩き続けたのでしょう。それは永遠に続く、光の王国への目には見えない階段を、一段一段のぼってゆくかのような、少しけだるいような、でも、確かな熱のこもった時間。それは聖なる時間(とき)であり、同時にどこかまるで馬鹿げたジョークのようでもありました。すべては予定も無く始まった出来事で、でもすべてが計画通りであることを、もうひとりのわたしは悟っていたのです。

「…オカアサンノオカアサンノ、オカアサンノオカアサン、アリガトウ…。

…オカアサンノオカアサンノオカアサンノ….、」

そしてその時間(とき)は、突然静かに完了し、わたしはたくさんの島の精霊たちにとりかこまれたまま、レビーと、そのころもうすぐ三歳になろうとしていた長女きらかいが待つ、サンダルウッドの丘のわたしたちの家へと帰りました。 海と空がマジェンダ色のグラデーションに染まる時刻の、火照るような夕暮れのピンクに頬を照らされながら。



 翌朝早く、水平線が、プルシャンブルーから、アイヴォリーの混ざったラベンダー色へと目覚めるころ、小さなたまらかいはわたしたちの腕の中に抱かれました。…それはやすらかなる誕生でした。  

 こうして、わたしたちは、四人家族になったのです。家のまわりに植えた木々たちは少しずつ、それでいて、ためらうことなく背をのばしはじめ、草花のつぼみたちも膨らみはじめていました。それは、やさしく。やさしく。



★この連載は、毎月新月と満月の日に更新します。


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