サンダルウッドの丘の家より ♯8 / 山崎美弥子

第三章・三 この星を愛する/カラニとホヌア


サンダルウッドの丘の家を出て南を向くといつも、海と空の青が見つめています 。アアヒ(サンダルウッド)ストリートの丘をその水平線に向かって下ってゆくと見えてくる、坂道に沿ってメリア(プルメリア)の花が咲き乱れる小さな家。その家には、ローズグレイのペンキで塗られた木の窓枠がはめられていて、こどもたちが腰掛けておしゃべりするのにちょうどいい、三段ほどの古い枕木のような茶色いステップがエントランスの扉の前に続いています。庭にはマナコ(マンゴ)の古い大木が数本立っていて、通りからは見えない家のバックヤードでは、この家のママがディナー・テーブルに並べるための、数々のグリーンを育てています。わたしがこどもたちとレイを紡ぐ時は、この家まで歩いて丘を下ってゆくのです。わたしたちはこの家を、メリア(プルメリア)の家と呼んでいます。この家の住人たちは、わたしたちがそう呼んでいることを知りません。

この家のこどもたちは男の子ばかり五人。一番小さな弟、島の子らしい、すべてを見通しているような落ち着いた眼差しを持つケアカだけが、長く伸ばした黒髪をポニーテールに結いあげ、四人の兄さんたちは揃って短髪。小麦色の肌。みんなエキゾティックな風貌をしてる。たとえ島で生まれたこどもでも、男の子たちは女の子たちのように、花々をそうは活用しないのです。それよりもルア(ハワイの伝統的な格闘技)やカヌー漕ぎに夢中です。そうしてたとえば、もう少し月日がたつと、鹿狩りに山へと出てゆく青年たちへと成長します。そんな風にたくましく気取らない島の青年たちが、時に、その片耳に一輪の白いメリアの花を飾った姿は、まるでゴーガンがその絵画の中に描いた(えがいた)人のよう。


中心が黄色に染まった白いメリアの花。この家のまわりに咲いているのは、花びらの少し固いものと、手触りがやわらかく、フリルのようにかすかに波打ったもの。不思議なことに、やわらかい手触りの、すこし波打った花びらをしたメリアの花には、その香りがほとんどありません。一方、少しかたく、ハリのある花びらをしたものは、それはかぐわしいフレグランスを強く放っているのです。香りの無いメリアの花は、なぜか、それは余るほどにたくさん枝につき、一方、香り高いメリアはそれほどには花を咲かせることがありません。おおぜいの島のこどもたちがフラを踊るホオラウレア(パーティー)や、モクレレ(飛行機)の階段を降りて来る旅人たちを迎える前など、数多くのレイを紡がなくてはならない時。そんな時には、それこそ数百ものたくさんの花たちが必要ですから、夢のようなフレグランスのあるレイばかりを紡ぎたくても、香りの高い花だけでは足りなくなります。だから、香りの無いものも一緒に、バランス良く織り交ぜるのです。


幼いきらかいとたまらかいと一緒に、メリアの花を摘む時には、わたしはできるだけ高い枝へ手をのばすようにしています。こどもたちの手が届く低い枝の花々を、小さなふたりに残しておいてあげるために。腕をいっぱいまで上げては、できるだけ空近い枝に届こうと、ぶきっちょうなバレリーナのようなつま先立ちで。そんな時、特別に注意深くならなければなりません。 なぜなら自分の額や頬にサップ(樹液)があやまって落ちるかもしれないのですから。メリアのサップには毒があると言われ、アシッドが強く、触れたところが、焦げたコーヒー色の染みに数日間も染まってしまうから。

花たちを十分に集めることができたなら、十二インチほどもあるレイ・ニードル(レイ専用の針)と、忘れることなく、土へと戻るバイオデグレイタブル(生物分解性)の糸を用意します。ばらばらの花たちは、紡がれつながり、ひとつの輪に。そうです。こうして出来上がったレイは大切なひとに、両手で包み込むようにかけてあげる…。



偉大なるアンティ・マリー・マクドナルドから、レイ作りのインスピレーションを最も与えられたと語るホクレア号の初代の女性乗組員のひとり、アンティ・ペニー・マーティン。モロカイ島が誇る英雄のひとりである彼女は、アンティ・マリーの言葉をこの島で伝えます。

「もっとも素晴らしいレイ。それはね、上等な花々で紡いだもの以上に、 あなたがその両腕でつくるレイ…誰かを抱きしめる時に、あなたの腕がレイになるのよ。」

…島人たちはなぜ、レイを贈りあうのでしょう…? それは、湧きあがるアロハ(愛)を伝えるために。レイを贈られた幸運なひとたちは、容易にレイをその身体から脱ぎ去ることを決してせず、最期にはレイをアイナ(地)とへ還す。それが島に伝わるならわし。

 

誰かから贈られた、とってもシンプルなメリアのレイを思い切り香った時ほど、幸福を感じさせてくれる瞬間が、この世界でほかにあるでしょうか。もしもあるなら…、それはきっと、やさしい朝の日の中で、咲いたばかりのバニラ色のステファノティス(舌切草)を香った時か、あるいはシャレイブルーの風をすいこんだ時。 突然のスコールが通り過ぎた、透きとおる海からの。そう、その胸いっぱいに。たなびく髪を瞼に感じながら。



★この連載は、毎月新月と満月の日に更新します。


Hōʻailona

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