Body Journey〜からだつれづれ ♯1 / つるやももこ

満月とデトックス


2月のお話。

発端は11日。夜、食事をしていると、左肘の内側のやわらかいところに、ポツッと小さな点が表れ、ポリポリと掻いていると、点がポツに、ポツポツが小島に、小島が島に、そして大陸へとあれよあれよというまに赤みが広がって、発症から3日後には腕全体がパンパンに。すぐに抗ヒスタミン系の薬も試したけれどよくならず、こりゃ、時間にゆだねる系か、と、脳内に “自己治癒力強化期間” と書いた旗を立て、覚悟した。

もしも高熱が出たり、悪心や吐き気や痛みがあったらすぐに救急に行こう。そう思ったものの、腕以外は元気で、しかも不思議なことに、からだ全体に広がるかと思ったこの発疹は、両腕だけ、しかも線を引いたように肩から手首までしか症状がない。なので、長袖の洋服を着ているかぎりはまったく普通の状態。でも、脱いだら腕だけまるでポパイ…。


手のひらで腫れている箇所を押さえると熱い。腫れている側の腕はというと、皮膚が膨張しているからか、触られている感触はほとんどなく、棒のように固まったまま。他人の腕みたい…。そう思った途端、自我とからだがバラバラに解体してしまったように感じた。

脳の指令通りにスムーズに動いていてくれていたはずのからだが、勝手に暴走している。言うことをきかないからだはブラックボックスのようで、中身の見えない “箱” のことが急におそろしくなった。


自分のからだがわからなくなると、決まって読む本があって、それが、免疫学者であり医学博士でもある安保徹さんの『安保徹のやさしい解体新書』だ。

安保さんは「病気の成り立ちを解明していくと、病気は怖くないことがわかります」とやさしく解く。「体と免疫」「病気が起こる原因」「病気と臓器の謎」など段階を踏みながら、素人にもわかるような平易な言葉で、からだの仕組みを伝えてくれる。

不調は、症状はなんであれ不快だけれど、この「不快」という症状こそ、治癒への道のりには欠かせない。発熱も、痛みや腫れ、しびれやかゆみ、下痢も震えも、体にとっては治癒に向かう反応。たとえば今回のような発疹も、かゆみがおこるのは体の損傷を最小限にしようと排出機能が活発になるからで、腫れるのは次の段階。白血球が血管から出て炎症のあるところに駆けつけて、異物を排除し始める(抗原抗体反応)から起こる。ああ、症状は昨日より辛いけど、治癒への道は進んでいるということか。文字を追いながら腑に落ちて、気持ちが少し軽くなる。



腑に落ちれば、ただできることをするだけだ。

水を飲んで代謝を促す。消化の良いものを選んで少食に。皮膚を健やかに保つといわれているアーユルヴェーダハーブ「ヘナ」をお風呂に入れて半身浴。ビタミンCをアスコルビン酸でこまめに摂取。カルシウムサプリも適度に摂る。あとは保湿してなるべく肌を掻かない。とにかく寝る。


発症から9日が経ち、ふと思い立って空を見れば、その日は満月、しかもスーパームーン。わたしの腕は相変わらずパンパンだったが、月が欠けていったら症状も治まっていくような気がして、こりゃきっと春先のデトックスだったのだと確信できた。振り返れば、ことの発端の前日に、すごく感情を揺さぶられる話を友人から聞いたことを思い出した。ファクターは別にあるとしても、その出来事がスイッチになったのだと解る。感情と不調もまた切り離せないのだと思う。

「不調には意味があり、それは内面の葛藤の表出」という心身医学(psychosomatic)的なからだの理解の方法もある。もっと突っ込むと、病が表出する部分と症状からメタフィジックな見立てをして、感情のわだかまりをほぐしていく=治癒への道 という、少しスピリチュアルが入った話にも繋がっていく。でもそれはまた別の機会に。

とにもかくにも、2月28日現在、わたしの両腕はすっかり元どおりになり、こころとからだも、再びしっかりと繋がって、ほっとして春を待っている。



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